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偏向報道に怒るオタクアイデンティティを持つ人たち【京アニ】【日刊スポーツ】

昨日、2019年7月18日、「京都アニメーション」(京アニ)のスタジオが放火され30人以上が亡くなる放火殺人事件が発生しました。

www.bbc.com

私自身、最初にハマったアニメは京アニの『涼宮ハルヒの憂鬱』だった記憶があります。アニメを第一話から最終話まで通して見たのは初めてだったかもしれません。映画の『涼宮ハルヒの消失』も何度も見ました。また、『氷菓』も大好きでした。私は原作である米澤穂信さんの小説から「古典部シリーズ」には入ったのですが、小説の雰囲気を見事に表現していて想像力を膨らませる演出に感動しました。

京アニは「日常感」の演出が素晴らしいのだと思います。派手な演出がなくとも、何気ない表情や細部の動きで想いを表現しようとする。アニメと言えばアクション系・SF系という固定観念を崩してくれたのは京アニでした。

亡くなった方にはご冥福をお祈り申し上げます。また、一日も早く京アニが復活することを願っています。

「京アニ」の素晴らしさについてもっと詳しく知りたい方はこちら↓

dot.asahi.com

 

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さて、私は事件の報道で少し気になった点があります。それは「オタク」という言葉の使い方です。今回、事件発生直後の情報が全く定まっていない状態のうちから犯人の動機や人物像を推測するような報道が多く見られました。

事件発生当日の2019年7月18日、犯人自身も火傷を負っていることを理由に警察による事情聴取は見送られており、犯人の動機や詳細なプロフィールに関する公式発表はほとんどありません。年齢や居住地、近隣住民からの捕まった際の様子などの情報のみです。

たとえば7月18日付け日刊スポーツの事件について報じる記事では、犯人像を

身長180センチ前後で太った体形、スポーツ刈りにめがね姿で「オタクっぽい感じ」。働いている様子はなく、無精ひげで体臭を漂わせていた。*

引用元:京アニ放火の男「殺すぞ」14日隣の住民とトラブル - 社会 : 日刊スポーツ

と語っています。

この「オタクっぽい感じ」という言葉がツイッターを中心に偏向報道だと批判され、プチ炎上しました。(*執筆中現在、この言葉は記事中からすでに削除されています。)

 

今回の事件現場がアニメスタジオであったことから、犯人とアニメを結びつけようとする報道が多いことは理解できます。また、犯人は捕まった際に「パクりやがって」と発していることから、作品関連の怨恨が動機かもしれないという推測も理解できます。

しかしながら、「オタクっぽい」というのは非常に不可解な表現です。そもそも「オタク」をどういう意味で使っているのでしょうか。なぜ「オタクっぽい」が無職や体臭と並べて報じられるのでしょうか。

 

結論から言うと、この記事を書いた記者は現代の「オタクアイデンティティ」を認識できていないから批判を浴びたのです。

 

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まずみなさんは「オタク」と聞いたらどういうイメージを思い浮かべますか?

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いらすとや より

私の中の典型的な「オタク」は上のイラストのような人物を思い浮かべます。これはさすがにステレオタイプ的で、ここまでイメージ通りな人はもはや絶滅危惧種だと思いますが。

「アニメやアイドルといったサブカルチャーに熱狂的で、他のことには無頓着で、世間離れしている」というイメージが一般的でしょうか。少なくとも一昔前まではこうだったと思います。

 

「オタク」は一般的にネガティブな表現でした。英語で言う「geek」や「nerd」のような、コミュニケーション能力が低くてスクールカースト下位にいるような人たちを指す意味合いを含んでいたように感じます。

それゆえ、オタクと呼ばれて嬉しがる人はほとんど居ませんでした。オタクを自虐的に自称する人は居ても、人をオタクと呼んだら侮蔑と取られていたでしょう。(学校では特に。)

オタクというのは世間離れしている。アニメって子供向けなのに。ズレた感覚を持っている。理解できない。よく分からない。何かをしそう。コワイ。。。 世間はこういう目でオタクを見て来たわけです。「オタク=犯罪者予備軍」的な言説がずっと主流でした。

 

しかし時代は変わり、「オタク」のネガティブな意味合いが払拭されてきました。今日「オタク」というのは、特に若者やネット文化の文脈において侮蔑や悪口にはなり得なくなったのです。

 

要因としてはサブカルチャーの世界的地位確立や、趣味の多様化などが考えられますが、一番大きい影響はネット文化でしょう。特に近年のツイッターはオタクのイメージ改善に大きく貢献してきたように思います。今までインターネット上でオタクが集まる場所と言えば「2ちゃんねる」でしたが、あそこはアングラ感が強く参加するにはなかなかの勇気が必要な場所でした。

ツイッターの場合は手軽さがありますし、どれだけマイナーな作品や趣味でも批判されずに容易に他のファンと繋がることができます。また、現実の人間関係ではオタクを公表しない「隠れオタク」でも裏アカや匿名アカを作るなどして、誰もが手軽に自分のオタク性を発揮できるようになりました。

 

今日「オタク」はポジティブな意味にさえ転換してきたと思います。自らの好んでオタクを自称する人たちが現れてきました。他人を呼ぶときも、誉め言葉的にオタクという言葉を使う人も現れています。新しい感覚ではオタクは「スペシャリスト」的な意味合いが近いのではないでしょうか。

 

「アニメオタク」も「アニメに熱中している」くらいの意味合いで取られるようになってきました。もはやアニメを見てグッズを買ったり、聖地巡礼したりするのは"オタク"特有のものではなく一般的な行動です。「アニメが大好きで何が悪い!」と堂々と言える時代が来たのです。

新しい感覚を持つ若者やネット文化に触れる人たちにとって「オタク」はある種の「オタクアイデンティティ」として確立されており、プライドを持ってオタクであることを誇れるまでに至ったのです。

オタク街道を真っすぐ進む人は堂々と突き進み、どっぷりハマらなくても理解を示したり、程度の差はあれ誰もが「オタクっぽい」行動をすることが文化として広く根付き始めました。つまり、オタクアイデンティティはもはやごく一部の人のものではなく、広く普遍的に共有されるプライドとなっているのです。

 

 

さて、日刊スポーツの記事に戻りましょう。この記事における「オタクっぽい人」という表現は明らかにネガティブなイメージで語っています。ここでいう「オタク」は少し昔のイメージ、つまり「犯罪者予備軍」的なイメージです。

犯罪者予備軍オタク像はもはや「古い感覚」です。「オタクアイデンティティ」という「新しい感覚」が共有されている若者やネット空間において、この古い感覚は非常に時代錯誤なものに映ります。それが、今回の炎上につながったのでしょう。少なくともネット文化に慣れ親しんだ層が受け入れられるような内容ではありませんでした。

 

女性のアイデンティティを貶めるセクハラが今日猛バッシングを受けるのですから、オタクのアイデンティティを貶める言説が批判を集めるのも当然のことです。

 

新聞記者や報道バラエティのコメンテーターのボリューム層には一昔前の「古い感覚」をまだ更新しきれていない人が沢山います。記事を書いた記者の年齢は分かりかねますが、彼/彼女は「オタクアイデンティティ」を理解していない古い感覚の持ち主であったことは確かです。

いつの時代も自分の中の古い感覚に気付かず、更新できず、新しい感覚について来れない人がいるものですね。あなた、時代から取り残されていますよ。